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Tag: 北上次郎
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死ぬこととと見つけたり2死ぬことと見つけたり3#books #rekishi 隆慶一郎氏の「吉原御免状」を読了し、他の歴史・時代小説を読もうと物色していたのですが、なんとも隆慶一郎氏のほかの書籍が気になって気になって・・・何ともいえない感情に襲われたのですが、それでも何とか山田風太郎氏の書籍を手に取りました。

ところが、その山田風太郎氏の解説を北川次郎氏が!そして、「隆慶一郎を読み尽くした後、山田風太郎に行き着く」と解説している!そして、隆慶一郎氏にはまったファンを「隆慶一郎シンドローム」と呼ぶことが記述されていました!なるほど、山田風太郎氏の書籍に手を出す前に、完全に隆慶一郎氏を読破しなければ!なんて思いの駆られて・・・

早速近所になる書店へ立ち寄って・・・隆慶一郎著「死ぬことと見つけたり(上巻)改版」(新潮文庫:2007年09月)死ぬことと見つけたりを購入、一気に読了しました。やっぱり面白い!

この本、内容は、佐賀鍋島藩の「葉隠」がベースになっているようですが、私自身は、「葉隠」という言葉を聞いたことはありますが、実際には何のことかまったく解っていませんが、それでも小説の内容には十分楽しめます。そのテンポのよさ、登場人文物の人間模様が何と嬉しい・・・元気をくれる内容です。

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【追記:2011年01月03日】
ちょっとネットを調べてみると・・・「Wikipedia::隆慶一郎」を見つけましたので、自分用に引用しておきましょう。

1984年、小説家としての第一作『吉原御免状』を発表。隆慶一郎は、この時に名乗った筆名である。小説家時代は時代小説を中心に執筆活動をおこなう。代表作として『吉原御免状』、『影武者徳川家康』、『一夢庵風流記』、『捨て童子・松平忠輝』が挙げられる。

なるほど・・・上記を今後購入するかもしれませんから、ちょっと参考までに。

ちょっと思い出して、北上次郎著「冒険小説論」(双葉文庫:2008年06月)冒険小説論1を見返してみると・・・あった!隆慶一郎氏の章がある!それによれば、北上氏の隆慶一郎氏のベスト 3 は、「影武者徳川家康」、「一夢庵風流記」、「捨て童子・松平忠輝」だと主張していますが、それよりも隆慶太郎という作家の章があることで、益々興味がわいてきた!

【公開時、投稿記事】
北上次郎氏の書評で、歴史・時代小説に関するものを発見!ちょっと気になったので引用しておこう。

(宮本昌孝著「家康、死す」にある)帯に大きく、「26歳、家康が殺された」とあるのでドキリとする。隆慶一郎の傑作「影武者徳川家康」で家康が死んだのは関が原の戦いだったことを思い出す。ここではその遥はるか前なのである。

(中略)

素晴らしいのは、26の若さで徳川家康が殺され、あとは影武者がつとめたという本書の仮説で、新しい世界が見えてくることだろう。隆慶一郎『影武者徳川家康』のときにも同様のことを感じたものだが、まだ家康ネタでこういう感慨を覚えるとは思ってもいなかった。時代小説というジャンルが持つ豊かな土壌と、宮本昌孝という才能の幸せな融合がここにある。余韻たっぷりのエピローグまで存分に堪能できる傑作だ。

(引用は、「YOMIURI ONLINE(読売新聞)::『家康、死す』 宮本昌孝著 : 書評 : 本よみうり堂」より)

上記の書評から、ネット検索を掛けてみると、「松岡正剛の千夜千冊::『吉原御免状』隆慶一郎」を発見!ちょっと引用しておこう。

いやー、参った。唸った。だいたいこの作家が誰であるかも知らずに読んだせいか、よけいに驚いた。それに、いまなお吉原の「見世清掻」(みせすががき)の三味線の調べや松永誠一郎の弱法師めいた不思議な歩きっぷりとともに、当時に一読したときの衝撃がのこっている。

こういう本があるということは、たしか民放のTVディレクターから教えられたのだと記憶する。時代小説がめっぽう好きなディレクターだった。けれども、それも「すごくおもしろいですよ」という程度だったとおもう。ところが、読んで脱帽、すごくおもしろいですよどころではなかった。傑作でもある。時代小説の名作かもしれない。

加えて、隆慶一郎という名前も聞いたことがない作家が、もとは映画やテレビで活躍していたシナリオライターの池田一朗で、『にあんちゃん』などを手掛けていたこと、さらにはもともとは東大仏文科で辰野隆や小林秀雄に師事していたことも意外だったが、さらに驚いたのはこの『吉原御免状』が正真正銘のデビュー作で、それも61歳になって初めて小説を書いたというのであるから、ますます感服した。

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2011年になりました!明けましておめでとうございます。今年は、もっと気楽に本ブログを作っていこうかな・・・なんて考えていますが、どうなりますかね~自分で、期待と不安で・・・

早速ですが、昨日(つまり大晦日ですが・・・)、毎年恒例の書籍の整理(積んである書籍のランク付けと片付け)を実施していて、北上次郎氏の「冒険小説論 – 近代ヒーロー像100年の変遷」を発見してしまった。今でこそ、歴史・時代小説にはまっていますが、2010年前半は、ミステリー、特に冒険小説にはまっていて、この北上氏の「冒険小説論」に登場する文庫を買い漁っていました!

最近、ちょっと感じているのは、「ひょっとすると、歴史・時代小説って、日本版冒険小説かな・・・」なんて勝手に考えていたので、「ひょっとすると北上氏もそんなことを考えていたりして!?」なんてことで、上記の文庫をちょっと開いてみると・・・(以前から、購入して持っていたのですが、全てを読んではいませんでした)。

あるある!歴史・時代小説や日本版の冒険小説の解説が!「やっぱりそうだったんだな~歴史・時代小説って、冒険小説だよね~」と自己満足をしながら、ネットを調べてみると・・・

あった!北上次郎氏が、ちょっと興奮気味に論評をしている時代小説が!それは、「YOMIURI ONLINE(読売新聞)::影法師/火群のごとく : 書評」にありました。ちょっと引用しておきます。

最近の時代小説の中で印象深い二作、百田尚樹『影法師』と、あさのあつこ『火群(ほむら)のごとく』の二長編について語りたい。

まず、『影法師』だ。熱血ボクシング小説『ボックス!』、本邦初のスズメバチ小説『風の中のマリア』、迫力満点の整形美容小説『モンスター』と、一作ごとにジャンルを変えている百田尚樹がまさか時代小説を書くとは思ってもいなかったが、これはいかにも百田尚樹らしい小説だ。

(中略)

帯に「生涯の契りを誓った二人の少年。一人は異例の出世を果たし、一人は貧困のなかで朽ち果てた」とあり、それでタイトルが『影法師』ではネタばれというものだが、それでもいつものように迫力満点に読ませて飽きさせない。これが百田尚樹の小説だ。問題はこの長編がケレンたっぷりであることだろう。いくらなんでも作りすぎだという指摘があるかもしれない。たしかにそう言われると弁護しにくいところもある。評価がわかれるのは致し方ないが、この圧倒的な物語力は現代エンターテインメントの世界で得難い。

対する『火群のごとく』は、対照的な作品といっていい。こちらはケレンを排した正統派の時代小説だ。江戸から遠く離れた小国が舞台。自然豊かな町の少年の日々を描く長編である。剣と友情と初恋の日々が描かれ、それで背景に大人たちの権力争いがあるという結構は、藤沢周平『蝉しぐれ』や、宮本昌孝『藩校早春賦』を誰もが想起するだろう。

(中略)

周知のようにあさのあつこは『バッテリー』という少年野球小説で大ブレイクした作家だが、その後は悪戦苦闘していた感がある。数作前に『待ってる』という作品集を上梓(じょうし)したとき、時代小説は意外にこの作家に合っていると感じたもので、この『火群のごとく』はその例証といっていい。

百田尚樹もまた、紙上のリアリティ獲得のために時代小説という枠組みを借りたと思われるが、この作家が今後も時代小説を書き続けるのかどうかはわからない。それは、あさのあつこも同様だ。この二人が時代小説に取り組んだ事情は異なる。しかし、こういう作家たちが参入してくることで、このジャンルが活性化していることも事実なのだ。豊穣(ほうじょう)な時代小説の世界は、こうして続いていく。